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防染法による友禅染は元禄時代からで1624年寛永の頃よりはじまった「茶屋染」によって徳川時代の代表的な絵模様染めとして百年以上の寿命をもたらせたものです。友禅染は元禄時代宮崎友禅斉によって工夫されたといわれております。「友禅の特徴は表現の上から言えば、私たちの周辺にある風物を絵画的にわかりやすく表現してあり茶屋染めと同じ染法をしながら存分に色を使い優美な世界を染め上げたものです」
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友禅染は、始めは、玉糊か楊枝糊―もち米糊を楊枝の先にまきつけて線を描き、又は筒に入れて細くしぼりだして線をかいたりして、色の種類が少ない時代に(植物染料)よくあれだけの表現ができたのも、友禅染が出てきたおかげと思われます。慶長模様にしても寛文模様にしても能衣装にしても大変に立派なものですが、やわらかい味や優雅さという点では友禅にはかなわないと思います。友禅染は元禄時代に始まってもち米を防染剤として染め上げた精巧な染め模様すなわち元禄模様といえます。
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尾形光琳は京都の呉服商雁金屋の次男として生まれ、伊達男として洗練された美意識の持ち主であったと思われます。俵屋宗達・尾形光琳・尾形乾山等は秋草を淡彩風で描絵染めで表現しており本友禅はまだ使用しておりません。
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友禅染の中には手描友禅と型友禅とに分けられ手描友禅はオートクチュール的な作品で(本糸目友禅・無染描上げ友禅・濡れ描き友禅)という技法に分かれます。型友禅は大量生産の品物です。友禅染は外国のハイクラスのパーティーでもその人気は大変なもので社交下手の日本人の有力な国際親善の手段でもあります。
■友禅染の工程